【想い】2004年1月の手記より | 創作うどん 一滴八銭屋

2021/02/09 19:22

『東京では美味いうどんがなかなか食べられない。』 随分前から言われつづけている言葉です。

僕ら四国生まれの人間にとっても、半ば諦めの気持ちで、東京に来てからはほとんど「うどん」を口にすることはありませんでした。
もちろん、以前から、讃岐うどんを看板に掲げ、本場のコシを伝えようと長年がんばっていらっしゃる先輩たちが何人もいらっしゃいます。

しかし、表舞台に出る機会は少なかった。

僕達でやってやろうと。僕達で東京にうどん文化を浸透させてやろうと。
喫茶店の「スパゲティー」がパスタ屋の「パスタ」になったように、蕎麦屋の「うどん」ではなく、うどん屋の「うどん」を当たり前に食べられるようにしよう。
それぞれが会社勤めをしたり、学生だったりした僕達3兄弟は、プランを温め、少しずつ、着実に前に進めて独立しました。

東京に、「讃岐うどんブーム」のようなものがやってくる随分以前の1999年でした。
オープン当初は、「蕎麦は置いてないの?」とよく聞かれました。

「うどん専門店なんです。」と答えると怪訝な顔できびすを返すお客様もいらっしゃいました。
それでも、一口目食べていただいたお客様の一瞬びっくりしたような顔が嬉しくて、今日までがんばってまいりました。

四国愛媛の実家はうどん屋を営んでいます。

親父は香川県高松市の出身で、電電公社に勤めていたのですが、一念発起脱サラして、慣れ親しんだうどんの店を、当時まだうどん屋が少なかった愛媛県川之江市に開きました。もう30年も前のことです。
子供の頃から、半分親にだまされながらうどん踏みを手伝わされていた記憶があります。
もくもくとうどんを作る親父と、笑顔で帰っていくお客さんと、そんなものを見て育ってきました。

知らぬ間に同じ道を歩み始めています。

うどん屋を開業するに当たって3つのこだわりがありました。

1つ目は、いつも茹でたての麺を提供すること。
本場の香川県のうどん屋でさえ、いつも茹でたての麺が出てくるとは限りません。
お客様のほうで、今日は当たりだ、はずれだ、時間が時間だから茹で置きでもしょうがないね、と許容してくれます。
それはおかしいと思った。同じお金を払いながら、美味しかったりまずかったりするのはおかしいと。
いつ来てもらっても、自家製にこだわった同じ品質の麺を出そうと思いました。
だから、15分お待たせしてしまうこともあります。茹であがった麺は15分から20分で廃棄するのでロスも大きい。

でも、地元のコシを広めるには絶対曲げられないポリシーです。

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つ目は、他では食べられない「創作うどん」を看板にしようということ。
讃岐のうどん屋をそのままコピーして持ってくるのは、別に僕達じゃなくても誰かがやるだろうと。

だから、あえて看板にもパンフレットにも「讃岐うどん」という言葉は入れなかったのです。

僕らが提供するのは、讃岐うどんをベースにした、あくまでもオリジナルの「創作うどん」。

軽い食事と思われがちなうどんを、ちゃんと1食に数えてもらえる、どこでも食べられない、お食事感のあるうどんを作りたかった。
病人食や、年配の人の食べ物というイメージも払拭したかった。ターゲットは僕らと同世代の2030歳代でした。

そして3つ目は、全て手作りにこだわること。
夜は、居酒屋メニューを中心としたメニューに切り替わります。巷には「ホントに冷凍食品?」というような手の込んだ見栄えのいい食品がたくさん流通しています。

今までお客側だったときは、おそらくそれと気付かないで、手作りメニューの肩書きにだまされて食べていたこともあったと思います。

それほど冷凍食品業界は進化しています。
でも、僕達は絶対使わないでおこうと思った。

同じ物がよその店で食べられるのであれば、僕らの存在価値はないと。
毎日おすすめ料理を考えたり、月替わりのメニューを考えたり、スタッフには非常に苦労をかけていると思います。

でも、その嘘の無いこだわりが、自信と規律につながっていると思うのです。

『一滴八銭屋』という店名は、3人で出し合った50個近い候補の中から選びました。 

飲食業界には門外漢の僕達が、お金をもらって食べ物を提供する。

とても緊張していましたし、恐ろしくもあった。

この緊張感は、ずっと忘れてはならない。例え一滴のつゆにもお代を頂戴しているのだと。

その思いを心に刻むためこの店名にしました。
(一か八かという起業当時の気持ちも裏に含まれたりしています・・・)

スタッフとよく話します。
「自分達自身が行きたくなる、更には、両親や恋人や、自分の一番大事な人を連れてきたくなる店にしよう。」と。
ピーク時のてんてこ舞いの時に料理の手を抜いたり、気配りができなかったり、そういう店には客として大事な人を連れてきて「いい店でしょ?」って自慢できません。

『自分達が行きたくなる店をつくる。』


それが、僕達の、迷ったときの呪文です。


2004年1月19日/開店5周年の日に。 一滴八銭屋店主